誰もが知っているアインシュタイン。
そして、アインシュタインが残した功績で、もっとも有名なものは皆さんも知っているのではないでしょうか?
「相対性理論」
名前は知っているけどなんだか難しそうですよね
完全に理解しようとすると、難しいです。
相対性理論については、また別の記事に書くことにして、
今回は「20世紀最大の理論物理学者」
アインシュタインの年表や生い立ちなどの生涯、何をした人かについて簡単にわかりやすく解説します。
また、アインシュタインが残した功績が「私たちの暮らしにどう役に立っているのか?」についても簡単に解説していきます。
アインシュタインは数々の名言を残しております。
かっこいい名言を知りたい方は、こちらの記事をご覧になってください。
- アインシュタインが何した人か
- 年表、生涯、功績
- 現代に与えた影響
アインシュタインって何した人?
誰もが知っているアインシュタインですが、相対性理論以外に何をした人なのでしょうか?
また、何がすごいのか?
アインシュタインの主な功績は「光量子仮説」「ブラウン運動」「特殊相対性理論」を発見したことです。
具体的な功績と何がすごいのかについては、のちに解説したいと思います。
まずここでは、アインシュタインのプロフィールと年表を紹介します。
アインシュタインはどんな人?
- 本名:アルベルト・アインシュタイン
- 誕生日:1879年3月14日
- 没日:1955年4月18日(享年76歳)
- 出身地:ドイツ・ウルム市
- 出身校:チューリッヒ工科大学
- 主な功績:「相対性理論」「ブラウン運動」「光量子仮説、光電効果」
「20世紀最大の理論物理学者」と言われる天才。
アインシュタインは、ドイツ出身の物理学者です。
とても有名な相対性理論を提唱し、宇宙の解明に大きく影響を与えた人物で、ノーベル物理学賞も受賞しています。
アインシュタインの年表
アインシュタインの人生を簡単にわかるように年表にしてみました。
1879年(0歳):3月14日、ドイツ・ウルム市に生まれる。
1880年(1歳):父親の転職でミュンヘンに引っ越す。
1885年(6歳):ミュンヘンの小学校に入学する。
1894年(15歳):家族はイタリアに引っ越す。アインシュタイン自身はミュンヘンに残る。
1895年(16歳):家族を追ってイタリア・ミラノへ行く。
1896年(17歳):スイス連邦工科大学に入学。
1900年(21歳)スイス連邦工科大学卒業。最初の論文が受理される。
1903年(24歳):最初の妻ミレバと結婚する。
1904年(25歳):長男ハンス・アルバートが生まれる。
1905年(26歳):「光量子仮説」「光電効果」の論文を投稿する。
1905年(26歳):「ブラウン運動」に関する論文を投稿する。
1905年(26歳):「特殊相対性理論①」に関するの論文を投稿する。
1905年(26歳):「特殊相対性理論②」に関する論文を投稿する。
1908年(29歳):スイス・ベルン大学の講師になる。
1910年(31歳):次男エドワードが生まれる。
1912年(33歳):スイス・チューリッヒ工科大学の教授になる。
1916年(37歳)論文「一般相対性理論の基礎」を発表する。
1919年(40歳):従姉エルザと結婚する。ミレバとの離婚調停では、将来受賞するノーベル賞の賞金を譲ることに。
1922年(43歳):ノーベル物理学賞を受賞する。賞金32,000ドルはミレバへ。
1936年(57歳):妻のエルザが死去。
1939年(60歳):ルーズベルト大統領に原子爆弾の研究を進める手紙を送る。
1955年(76歳):アインシュタイン死去。脳は研究用に取り出された。
アインシュタインの脳みそは、研究用に取り出されたみたいですが、これほどの功績を残せば脳みそがどうなっているかみんな気になりますよね。
アインシュタインの脳はどこに?
アインシュタインの脳は取り出されたみたいですが、どこにいったのでしょうか?
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アインシュタインの生涯
1879年3月14日にドイツ南西部のウルム市に生まれ、翌年に父親の転勤でミュンヘンに引っ越しました。
1895年にスイスのチューリッヒ連邦工科大学に1年早く受験するも、合格には至りませんでした。
しかし、数学や物理の成績がものすごくよかったので、学長指定の教養コースを受け、翌年に入学することができました。
スイスのチューリッヒ連邦工科大学を卒業し、最初の論文が受理される。
そして、最初の妻ミレバと結婚し、翌年には長男のハンスを授かりました。
1905年には後に「奇跡の年」と言われる年で、ここから数年で「光量子仮説」「ブラウン運動」「相対性理論」の論文を発表しました。
1912年にスイスのチューリッヒ連邦工科大学の大授へと就任し、1916年には「一般相対性理論」を発表しました。
1919年にはミレバと離婚し、従姉のエルザと再婚する。
この時のミレバには、のちのノーベル賞を受賞した際の賞金を譲ることを約束しました。
1921年にはノーベル物理学賞を受賞しました。
1936年に妻のエルザが60歳で亡くなりました。
そして、アインシュタインは病気により、1955年で生涯を終えました。
アインシュタインの生い立ち
アインシュタインは5歳ごろまであまり言葉を話さなかったと言われています。
ただ、5歳ごろに父からもらった方位磁石をもらい、それに夢中になり、自然界の仕組みに興味を持ったのでした。
そして数学に興味を持ち、9歳の時にピタゴラスの定理を知り、その定理の美しい証明を寝る間を惜しんで考え、自力で証明したそうです。
12歳の時に叔父からユークリッド幾何学の本をもらい、独学で勉強し、微分積分も独学で習得したといわれています。
そして、この時に同時に物理学に興味を持ったと言われています。
ここまで読んでどうですか?
正直考えられないぐらいの天才ですよね!笑
アインシュタインのIQは、推定160~190ぐらいだったと言われています。
アインシュタインは、プリンストン大学の高等研究所で、ある人物と一緒に所員をしていました。
その人物の名前は、「ジョン・フォン・ノイマン」です。
アインシュタインが「唯一天才だと言った」人物がノイマンなのです。
人類史上最高のIQを持つといわれるノイマンについて詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
アインシュタインの功績「奇跡の年」とは?
アインシュタインの功績で有名な1905年は、「奇跡の年」と言われています。
なぜ奇跡の年なのかというと、
アインシュタインは1905年から数年で、「光量子仮説」「ブラウン運動」「特殊相対性理論」に関する論文を5つ発表しました。
これが1905年が奇跡の年と言われる理由で、アインシュタインの功績です。
ここでは、3つの功績を解説していきます。
光量子仮説
アインシュタインの功績1つ目は「光量子仮説」です。
光量子仮説は、アインシュタインがのちにノーベル物理学賞を受賞するきっかけになる発見になります。
アインシュタインは、光の粒一つ一つを光子(光量子)と呼びました。
当時は「光の性質は波である」と仮定すると、説明できないことが実験結果がでていました。
そこで、アインシュタインは「光は波の性質と粒の性質がある」と仮説を立てました。
この仮説が「光量子仮説」です。
「光は波の性質があり粒の性質もある」と言われると、少し矛盾するような感じがしますが、光とはそういう特殊な性質があります。
アインシュタインの功績である「光量子仮説」があったことで、量子力学の学問で現代に大きな影響を与えたのです。
ブラウン運動
アインシュタインの功績の2つ目は「ブラウン運動を数学的に解析した」ことです。
ブラウン運動とは、コロイド粒子が熱により、不規則に運動することを言います。
液体や気体、固体などの他の物質の中に分散している状態の微粒子をコロイド粒子と言います。
そして、コロイド粒子に分子(溶媒分子)が熱運動により衝突すると、コロイド粒子が不規則な運動(ブラウン運動)をするのです。
アインシュタインは、ブラウン運動を数学的に解析することに成功したのです。
これがアインシュタインの功績である「ブラウン運動の解析」に成功したことです。
相対性理論
アインシュタインの功績3つ目は「相対性理論」です。
そして、アインシュタインの功績の中でも一番有名なものが「相対性理論」でしょう。
相対性理論には、「特殊相対理論」と「一般相対性理論」があります。
そして、相対性理論とはこの二つの理論の総称のことを言います。
特殊相対性理論は簡単に言うと「時間」と「空間」についての理論です。
一般相対性理論は、ここに重力までも扱った理論になります。
相対性理論の原理は、現代物理学での根本的なものの1つになりました。
ちなみに1905年のアインシュタインは26歳です。
この若さで5つの論文を発表する。しかも後世に残る重要な論文を。
アインシュタインが26歳の当時は、特許局に務めており、まったくの無名な人が提唱した「相対性理論」は世間に受け入れられませんでした。
1907年には有名な式E=MC²を発表しました。
1907年のこの時には後の「一般相対性理論」の基礎となるアイディアがあったと言われています。
現代に与えた影響
アインシュタインの功績について触れましたが、現代に与えた影響はどんなことなのでしょうか?
また、実際にそれが今の私たちの生活にどう役に立っているのでしょうか?
カーナビやスマートフォンについているGPSなどが正しく機能しているのは、 「一般相対性理論」のおかげです。
化学の授業で原子や分子について学びますよね。その原子や分子は小さすぎて目に見えません。
顕微鏡で間接的に観測する方法はあったのですが、アインシュタインが「ブラウン運動」を数学的に解析したことで、原子や分子の存在が証明され、世に広く知られるようになったのです。
また、「光量子仮説」は後の量子力学となり、「光電効果」は素粒子物理学や電子機器などに欠かせない半導体に関する物理学で現代に大きな影響を与えました。
このように一見何の役にも立たないと思えるようなことが、何十年後に役に立っていたり、私たちの生活になくてはならない存在になっていたりするのです。
まとめ
いかがだったでしょうか?
アインシュタインは世界中のだれもが知っている人です。
ただ、アインシュタインが残した功績が、私たちの生活に役に立っているのかどうかを知っている人は多くないと思います。
これだけの功績を残したアインシュタインは、5歳ごろまであまり言葉を話さなかったのです。
この時、誰が「20世紀最大の理論物理学者」になると思うのでしょうか?
記事を読んでくれた方の中には、子どもがいる人もいるでしょう。
子どもは好奇心のかたまりであり、どんなことにも興味を持ちます。
それが大人にとっては、無意味で役に立ちそうにないことでも、子どもは興味を持ちます。
こどもの好奇心を消さないよう、
見守ってあげるとあなたの子どもが、
第二のアインシュタインになるかもしれません。
他にも偉人について紹介しておりますので、気になる方はご覧ください。