皆さんが日々当たり前のように使っているパソコン。
そのパソコンを作った人の名前は知っていますか?
そう、それが今回紹介するジョンフォンノイマンです。
ノイマンは、コンピュータが計算を行う基本的な仕組みを考えたのです。
そのコンピュータを「ノイマン型コンピュータ」と呼びます。
実は、今私たちが触れているほとんどのコンピュータはノイマン型コンピュータです。
実際にコンピュータの発明に関わった人は複数人いて、誰が一番初めに発明をしたのかはわかりません。
ただ、現在皆さんが使っているコンピュータの基礎を作ったのは、間違いなくノイマンだと言えるでしょう。
さらに、ノイマンは原子爆弾の発明にも携わっておりました。
今回は人類史上最高のIQを持っていたと言っても過言ではない、天才「ジョンフォンノイマン」について紹介していきます。
- ノイマンとはどんな人か
- ノイマンの功績
- 天才エピソード
ノイマンってどんな人?
プロフィール
- 名前:ジョン・フォン・ノイマン
- 誕生日:1903年12月28日
- 出生地:ハンガリー
- 没日:1957年2月8日(享年53歳)
- 出身大学:ブタペスト大学、スイス連邦工科大学
- 職業:数学者
- 主な功績:「ノイマン型コンピュータ」の発明、「原子爆弾」の開発
ジョン・フォン・ノイマンはハンガリーで生まれた数学者です。
幼い頃から英才教育を受けて育ちました。
数学の才能を発揮し、8歳で微分積分をものにしたともいわれています。
普通の数学を教えるのはもったいないと考えた学校の先生は、高度な数学を学べるように家庭教師をつけようと父親に相談しました。
父親がそれを承諾したため、ノイマンは幼少期から高度な数学を習っていました。
そして、その数学の才能を活かし、「ノイマン型コンピュータ」というコンピュータ発明の一翼を担ったり、「爆縮型」原子爆弾の発明に携わったのです。
天才だらけが集まるプリンストン高等研究所の中でも、ずば抜けて能力を発揮したノイマンは、「人間のフリをした悪魔」と呼ばれました。
人間のフリをした悪魔
この言葉を聞いただけで、ただならぬ人だと感じますよね。
年表
- 1903年(0歳):ブタペストにて生まれる(3人兄弟の長男)
- 1914年(10歳):ブタペストの福音学校へ入学。家庭教師が付き飛び級で数学を学ぶ。
- 1920年(16歳):数学者フェテケと共同で最初の論文を書く。
- 1921年(17歳):ブタペスト大学に入学。数学を専攻
- 1923年(19歳):スイス連邦工科大学に掛け持ちで入学。化学工学を学ぶ。
- 1926年(22歳):数学、物理、化学の博士号を取得。
- 1930年(26歳):ナチス政権を避けアメリカに移住。プリンストン大学の高等研究所の研究者になる。
- 1937年(33歳):応用数学の研究を始める。
- 1942年(38歳):マンハッタン計画に参加する。
- 1946年(42歳):最初のコンピュータといわれる電子計算機「ENIAC」が完成。
- 1954年(50歳):米国原子力委員に就任。
- 1957年(53歳):ワシントンにてガンで死去。
ノイマンの功績
ノイマンの功績として有名なのが、「ノイマン型コンピュータ」の発明、「原子爆弾の開発」が有名です。
ここでは、さらに詳しくノイマンの功績について紹介していきます。
コンピュータの発明
ノイマンの功績として最も知られている一つがコンピュータの発明でしょう。
ノイマンはコンピュータを発明に携わった一人という事で、「コンピュータの父」と呼ばれています。
コンピュータの発明は、以前から構想はありましたし、一番初めの発明者は誰かはわかりません。
では、なぜコンピュータの父と呼ばれているのでしょうか?
ノイマン型コンピュータ
ノイマンがコンピュータの父と言われる理由は、コンピュータの「基本的な構成」を作ったからです。
コンピュータの記憶部分に、プログラムが内蔵されている「プログラム内蔵方式」のコンピュータがノイマン型コンピュータです。
プログラム内蔵方式とは、プログラムを主記憶装置に格納し、これを読み取りながら実行する方式の事を言います。
あらかじめプログラムを読み込んでおく方式と考えるとわかりやすいかもしれません。
難しい話になりそうなので、ノイマン型コンピュータの詳しいことについては、また別の記事に書くことにします。
とにかく、ノイマンは「現在のコンピュータの基本構成」を作った人という事で覚えておきましょう。
原子爆弾の発明
ノイマンの功績でもう一つ有名なのが「原子爆弾の発明」です。
正確に言うと、原子爆弾の開発に携わった一人です。
もちろんあんな悲惨な光景を生み出すほどの核爆弾をノイマン一人で作り上げることはできません。
各分野の天才たちが集まり、あれほどの威力の核爆弾を短期間で作り上げたのです。
彼らは突出した頭脳から、「火星人」と言われているほどでした。
その中心的人物であったのがノイマンです。
爆縮型の原子爆弾
ノイマンが中心になって行ったのが、「爆縮型原子爆弾」の設計です。
原爆の威力を最大限に発揮するためには、上空でプルトニウムに点火させることが必要です。
通常爆弾は落下した後に爆発するものですが、それだと原爆の威力が弱まってしまいます。
そこでノイマンらは、プルトニウムの周囲に爆薬を付けることにしました。
正確に制御するため、複雑な計算を半年かけ1944年に完成したのです。
翌年の1945年に人類史上初の核実験が行われました。
結果は、TNT2万トン近くの破壊力で「人口30万~40万人の都市を焼け野原」にする威力でした。
こうして、広島と長崎に落とされたあの悲惨な出来事に繋がったのです。
天才エピソード
コンピュータの発明、原子爆弾の発明に携わり、天才なことはもうわかりましたが、まだまだ天才の逸話はあります。
ここでは、人類史上最高のIQを持つと言われたノイマンの天才エピソードを紹介します。
- 6歳で7桁から8桁の掛け算をできるようになった。
- 8歳で微分積分を習得した。
- 電話帳の適当に開いたページに書いている番号の総和がわかる。
- 世界史や小説を一言一句間違えずに暗唱できた。
- 幼少期から7か国語を習得。
- アインシュタインも認める天才。
- 生涯で150の論文
- 頭が良すぎて火星人と言われていた。
ざっと天才エピソードを挙げてみましたけど、いかがでしょうか?
まだ逸話がありますが、これだけでも常人には理解できないですよね。
ちなみにノイマンはプリンストン高等研究所で、アインシュタインと同じ所員でした。
そのアインシュタインが、「ノイマンは天才だ」と言ったほどなのです。
これだけ頭が良ければ、「火星人」「人間のフリをした悪魔」って呼ばれのも納得ですね。
まとめ
今回は、史上最高のIQの持ち主と言われたジョン・フォン・ノイマンとはどんな人か?について紹介しました。
ノイマンは「コンピュータ」の発明、「原爆」の開発という功績を残しました。
原爆については、我々日本人にとって非常に辛い出来事でしたし、開発されなければよかったと思います。
素晴らしい頭脳は、時にして「人間を誤った方向」に招くこともあります。
これを教訓に、これから先二度と同じことが起きないことを願うばかりです。
ノイマン以外の科学者についても紹介していますので、こちらから気になる科学者の記事を見てみて下さい。
最後までご覧頂きありがとうございました!